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blog.zaq.ne.jp, September 2012

今日は朝から雨が降っていて肌寒い。一気に秋になってしまったのかと思うほどだが、秋はまだ始まったばかりなのだ。

街中へ出て行けば多くの人で賑わっているのだろうが、私の家の周りは静かに息を潜めているように感じられる。

こういう時にジャケットの絵画を観て心を惹かれたので、このディスクを聴いてみることにした。ジャケットには作曲者フローラン・シュミット (Florent Schmitt, 1870–1958) の名前と作品名が書いてある。

一番最初に書いてある作品名は「サロメの悲劇 (La tragédie de Salomé) 」で、これは8月3日に聴いたものと同じ作品ではないかと思ったが、このディスクに収められているのは作曲者自身がピアノ独奏用に編曲したものである。

し かし、私は世界初録音のピアノ版「サロメの悲劇」に興味があったわけではなく、彼のピアノ曲を聴いてみたいと思ってこのディスクを選んだ。管弦楽の響き よりもピアノの音色のほうが、私の今の気分にマッチするからである。それに、私は前回の「サロメの悲劇」で初めて彼の作品に接したので、実際に彼がどんな 作曲家なのか、まだほとんど知らないのだ。

20世紀初頭のフランス音楽というと、すぐにクロード・ドビュッシー (Claude Debussy, 1862–1918) やモーリス・ラヴェル (Maurice Ravel, 1875–1937) に代表される印象派の音楽を思い浮かべるが、個人の個性を重んじるフランスで全ての作曲家が印象主義に傾倒したわけではないことは明らかであろ う。

カ ミーユ・サン=サーンス (Camille Saint-Saëns, 1835–1921) のような「重鎮」は別にしても、1860 年代から1870年代に生まれた作曲家たちは、印象主義に影響を受けながらも独自の世界を切り拓いて 行ったはずである。フローラン・シュミットの生年はドビュッシーとラヴェルの間なので、ピアノ曲でどのような作品を書いていたのか私は興味を持ったのであ る。

ということで、この幻想的なジャケットのアルバムを聴いてみることにした。収録曲は以下の通りである。

1.影 Op. 64 (1912–1917)
    第1楽章 遠くに聴こえる (J'entends dans le lointain)
    第2楽章 ムーア風の (Mauresque)
    第3楽章 この影、私の像 (Cette ombre, mon image)
2.ミラージュ (蜃気楼) Op. 70 (1920–1921)
    第1番 そして牧神は月光を浴びた麦畑のなかに横たわる
    第2番 悲劇的な騎行
3.バレエ音楽「サロメの悲劇」 Op. 50 (ピアノ版)

ピアノ独奏は、ヴァンサン・ラルデル (Vincent Larderet) である。

シュミットがバレエ音楽「サロメの悲劇」を作曲したのは 1907 年で、それを管弦楽のための演奏会用組曲に編纂したのが 1910 年のことである。

したがって、「影」と「ミラージュ」はそれよりも後の作品である。また、「サロメの悲劇」のピアノ版は 1913 年に出版されている。

「影」の第1楽章はロートレアモン伯爵 (Le Comte de Lautréamont, 1846–1870) の「マルドロールの歌 (Chants de Maldoror) 」の一節に触発されて作曲されている。

それは「遠くから拡がる苦痛の叫び声が聴こえる」という一節で、第一次世界大戦の惨状を暗示しているという。音楽的にはラヴェルの「夜のガスパール」からも影響を受けており、全体的に内省的で幻想的な印象を与える。

「ミラージュ」の「第1番」は、ドビュッシーの死後に彼に敬意を表わすために作曲された作品なので、ドビュッシーを意識して書かれた作品であることは確かである。しかし、シュミットはドビュッシーの亜流に終わることなく、自分自身の作風で独自の世界を切り拓いている。

「ミ ラージュ」の「第2番」は、「コサックの英雄」として伝説化されたイヴァン・マゼーパ (Ivan Mazepa, 1639–1709) の生涯に触発されて書かれた作品だそうである。ただし、私が聴いた限り、ウクライナの民俗音楽が用いられているようには感じられず、シュミット が自分流の解釈でこの英雄を描いた作品だと言えよう。

「サロメの悲劇」は、管弦楽版の演奏よりもすっきりとして纏まった印象を受けるが、そ れは様々な音色が混在するオーケストラとは違って、ピアノだけで演奏 されているからだろう。いずれにしても、一般的には「印象主義の作曲家」として名前が挙げられることのないシュミットでも、印象主義の影響を受けていたこ とをこのアルバムは示しているのである。

そもそも、「○○楽派」とか「○○主義」などというのは、ある共通点を持った作曲家を便宜上分類するだけのものであって、作曲家自身にとっては自分の独創性こそが最も重要なのである。シュミットはシュミットであって、他の誰でもないのである。 © 2012 blog.zaq.ne.jp





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